今日もまたいつものごとく、哲学書をよむ。
哲学の歴史物もよんでいるが、まあ、えらそうなことは言えずこちらは高校生向けだ。

今まで、科学的な基礎を作ったのはフランシス=ベーコンだとおもっていたが、意外や意外
ガリレオガリレイであることがわかった。

その後は、近くを散策。泉の出る土地と言われる場所を散策したがなるほど、水が豊富であった。
帰宅してからは、古今和歌集をよんだが、小野小町はさすがであると感じた。

古今和歌集はどちらかというと、厭世的と感じた。
仏教思想の影響なのであろうか。

筒井氏の哲学書では、東洋の哲学を中近東を含めて記述してある。
私にとっては難しい。哲学書としてはやさしい部類の本だ。

それにしても、英語のほうがぜんぜん上達しない。
少しローマの休日のテキストを学んでみようとおもう。

まあ、いろいろと試してみることだ。
そういえば受験時代に参考書は三度やれと、父に言われたっけ。

筒井氏の本も、三度読み、ローマの休日のテキストも三度読んでみよう。

理系の人間は若いときは理系。歳をとったら文系に投資すべきとおもう。

よく、インテリがこの国をどうしようとしているのかという問いを政治家にぶつける。
私の個人の日常生活を通じてもいえることだとおもう。

いったい人生をどうしたいのか。
できるだけ具体的なビジョンを描けとのことだろう。

日々投資していることに筋がとおっていないとだめなのだ。
一貫性である。言うにやさしいが、実行は難しい。

なにかふつふつとわきでるやりたいことはないのか。
筆をおく
今日は哲学書を読んだ。
筒井氏の意識と本質である。

認知療法的には、変えられるのは行動と考え方だけだという。
逆にこの2つを変えると他もかわるそうである。

まあ、極端に変わった気はしない、哲学書を読んでみて、多少は図太くなったかなぁとはおもう。
まあ、科学的にはそれを実証しないといけないのではあるが。

まあ、哲学を読み始めたとはいっても、まだ、哲学者の名前が真新しくきこえる程度だ。
英文で読んだほうがいいとも聞くし、まあそのあたりは検討中ではある。

 
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